2012年2月18日土曜日

媒質

おそろしいほど大昔に生まれて、いまだに輝きつづけているものもあれば
数世紀で生命の尽きかけたものもある。
長らく省みられなかったのに、この頃になって、存在感を放ちはじめたものもあれば、
たった今生まれたばかりのものもある。

また、生まれようとして、胎動を繰り返しながらも、うまく条件が整わず、
なかなか出現できないものもある。


それがアートである。
美術の歴史を振り返るときそんな風に頭の中に言葉が踊る。
しかし歴史を語りたいんじゃないとき
単純にアートシーンを寄り道したいとき

生み出される全てのものが素子であるように 小さな小さな一握りにもみたない
要素が少しずつ集まったものが
1枚の絵になっていく。
1枚の写真になっていく。
1枚の布になっていく。

そんな過程を覗いて見たくてギャラリーに足を運ぶ

人間は見えないものを見ようとするけれど物質の形を認識しなくてもいいよと
彼女の写真は言っている様でもある。
ぼんやりした世界の中では色が主力になって形などどうであれ 色の流れを見せれくれる
そんな気がした。

それは形を求めてはいけない。

色を感じるために静かに息を潜めて潜入していただきたい。
寒さに負けずにぜひ銀座のギャラリーにお出かけいただきたい。


浜田涼展 媒質

藍画廊
2月13日(月)~25日(土)
11:30~19:00
19日(日)は休廊、最終日は18:00まで

2012年2月4日土曜日

この海の先

晴れた寒空のした

海を臨む公園はいまだ閉鎖中
だけどちょっとだけ入っちゃった
だって遊びたいものね。

そしたら約1年前のあの日にアスファルトの下から上がってきた土砂が
綺麗に四角く盛られてて海岸沿いにずうっと並んでる。
どこまでもどこまでも
この静かな光景がアートのように見えたりもする。
時間が止まったまま
空気があの日のままだった。

遠くまで続く砂の山に途方に暮れる

まただ…
言いようの無いゴウゴウとした恐怖を感じそうになったので
青い空に青い海に目を移そう


この海の先
大きな壁が迫ってきた東北の恐怖には比べられないと思うけど
どうか
逃げ出したくなる気持ちを許して