2012年5月30日水曜日

うまく言えない事

例えば今日あったささいな事でも聞いて欲しい時 新しいお箸を買ったのよ とか
 こんなものを作ってみたの とか 本当はどうでもいいのです。
 ただあなたと繋がっている時間を楽しみたかっただけなんです。
 なのにどうして我慢しちゃうのかな。
諦めちゃうのかな。
 もう子どもじゃないからかな。
 つまんない事で不安になったり疑ってしまってもぶつけるほどのパワーもなくもやもやしたまま。
本当は一番に大切に思ってるのに。
大切に思ってるからこそいつだって不安になるんだけど聞く勇気もないのです。
 相手に対しての不満はぶつけたら一時的にスッキリするかもしれないのですが、 それから何も生まれない事なんてわかりきってること。
 だからモヤモヤは顔や言葉に出さなくなります。
 期待するだけがっかりするから それならいっそ笑顔でなきましょう。

2012年5月11日金曜日

カメリア

最近ソープカービングをしています。
慣れてきたとはいえまだまだ難しいところもいっぱいです。

おしゃべりしながら手を動かして少しずつ彫りすすめると華やいだいい香りが立ち上ります。
かわいいカメリアが出来上がりました。

やわらかい石鹸は彫りやすいのです。

自然光で写真を撮ると一層きれいなやわらかい感じが出ます。


今日はもう一度同じ形を彫ってみようかしら?
 

2012年5月9日水曜日

ノスタルジックな街

私にとって少しだけ切なくとてもやさしい記憶のたくさん詰まった街
吉祥寺

今日温かな春の陽気の中でかけてまいりました。

学生時代友人と遊んだ場所や
片思いの彼との映画。内心どきどきだったのに平気を装い友達のふりして何度も通った
シネマ
 居心地のよい喫茶店
井の頭公園に向かう道
すべてが懐かしくて大好きな場所ばかり
学生のころは友達といつまでもこの時間が続くと思ってた。
美容院も学校の帰りの寄り道も
たくさんここで過ごした。

かばんにたくさんつけたよね。

思えば父の実家が下連雀だったので小さいころもよくここからバスに乗っていったっけ。

変わらない風景と変わっちゃった風景が交じり合ってて素敵な街でした。
公園の入り口にあるカフェは5月23日で閉店しちゃうそうです。

最後にコーヒーいただいてきました。ごちそうさまでした。







そう

ここからいろんなサブカルチャーが発信された時代

大好きだった漫画家さんの原画展にも行き80年代のパワフルな風を少し感じた一日でした。


江口寿史原画展  「tone」
2012年4月26日~5月9日
ギャラリー創






 

2012年5月1日火曜日

アクセサリー再び

今日は久しぶりにチャームを作りました。

6月の講習会の依頼が来たのでサンプルをと思いまして
今打ち合わせが終わりました。

在庫でつくったわりに涼しげなのが出来上がりました。

こうしてなにかの役に立てるのは嬉しいことですがレシピやパーツの買出しなどこれから少し忙しくなりそうです。

お気に入りのバックにちょっとした手作りのアクセサリーをさりげなく

素敵じゃない?



2012年4月24日火曜日

水玉模様の春

小さなことで不安になったりがっかりしたり
このところとてもバランスが悪い私

なので長く伸びた髪の毛を切りました。

腰まであった髪が肩あたりになっただけなのですが少し気分も軽くなりました。


それでも

ほしい言葉だったり

してほしいことがかなわなかったりしただけで

また下り坂を転がるように気分も下がっちゃったりします。

今日は春らしいドットのワンピースとかひらひらののチュニックやサマーニットを購入

 自分なりに立て直すこと出来るようにちょっとずつ小さな気分転換をしていこうと思います。



チーズケーキも焼いてみました。

誰かに頼ることばかりしてないで自分で変えられるようになろうと思います。

2012年4月16日月曜日

Have a glorious day

春の空は白い
春霞とはよく言ったもので青く澄み渡った秋の空とは違う
空気が漂います。

そんな週末の朝デリでランチを買って仕事に行く道
海に向かって歩いていましたら
むこうから見知らぬ外国の方

目が合ったら
「Mornin!  Have a glorious day!」
と声をかけてくれました。
「You too」
とおもわず返しました。

外国の方にとってこれはなんでもないことなんでしょうけど生粋の日本人の私にはちょっと衝撃!
なんてうらやましいんでしょう。
そのときに感じた気持ちを言葉に出すっていいですね。

そんなやりとりがとても自然に感じました。

きっとソノ方も気持ちがいい朝を共有していたんでしょうね。

言葉ってすてき


こんな何気ない一言をいただいただけなのにすごくいい気分の1日を迎えられました。


大切な人に

ちゃんと

気持ちがいいときを共有できるように


私も

気持ちのいい言葉を使っていたいですね。

2012年3月30日金曜日

かっこつけない日


強い風にミモザの花が鮮やかな色で咲き乱れていました。
黄色いぽんぽんとした花が枝いっぱいに揺れている姿がかわいらしく南仏の春の花祭りを思い出させてくれました。

川辺に構えたかわいいお店で遅いランチにビールをそえて
かっこつけない時間をゆっくり過ごす
幸せなとき

なんてここちよい時間でしょう

他愛無いお喋りも他の席のカップルの笑い声もBGMみたいに

ずっとこんな風に笑っていたいなと思いながら外を見ると風の中凛とした姿で立つ桜の木
咲きそうでまだ咲かない
きっと明日明後日には咲いちゃうのかもしれない

そしたら
待ちに待った春を感じることができるね

そんな桜の季節に生まれてきたことに感謝します
冬もののコートはもう要らない
心も体も優しく柔らかく春に向かって行きましょう

2012年3月19日月曜日

復活のバラ

しばらくなにも出来ずにいましたが
ようやく友人と会ったりランチしたり少しずつ自分の時間を持てるようになりました。
とはいえお仕事だったりやらなきゃいけないことたくさんで余裕の無い日々

そんなときには何かを作ると落ち着くとおもうのです。

それはアクセサリーだったりお菓子つくりだったりその時々ですが


ソープカービングもそのうちのひとつ

今回はバラの切り出しに挑戦しました。
額と茎をつけて1輪ざしにしたら部屋中いいかおりがします。
柔らかい石鹸にカービングナイフを差し込み一気に彫っていく。
出来上がりはどうあれ作業の工程はとても癒される気がします。

教えてくれてありがとう。

「おまえの薔薇が好き」という曲をふと思い出しました。
いえいえ
「薔薇は薔薇は気高く咲いて~~」
の方がしっくりくるかしら

復活しますよ


2012年3月10日土曜日

3.11あの日の出来事

あの日私はいつものように仕事をしていました。
ちょうど商品をお引渡ししてカウンターでお客様をお見送りしようとしたその瞬間
いままで経験したことのない激しい揺れを感じ思わずお客様のカートを押さえ片手でカウンターに引き寄せた。
後ろには自転車がディスプレイされている。
ガタガタと高い棚からおもちゃや自転車が落ちてきた。
スタジオのほうを見るとちょうどお節句の写真撮影中でひな壇のお内裏様がごろごろと転がってきた。
ただならぬ店内放送が響きお客様を誘導しながら外にでると雷が鳴ったかと思うとぼつぼつと大粒の雨が降って来た。
また余震さっきよりは小さいけど小刻みにずっと揺れてる
目の前の駐車場が灰色の水で溢れてきた。
かと思ったら歩道の敷石がまるで水みたいに波を打ちながら崩れ始めた。
あっという間にその間から真っ黒な泥水は噴出してきた。
お店と歩道に段差が出来始めた。道路が沈んできたのだ。
海に対して直角の方向に道路だけがきしきしいいながら何メートルも左右になんどもスライドしてくる。
またガタガタとゆれた。
電柱が傾き始めた。ずずっにぶい音がした。またお店と歩道が引き剥がされてきた。30センチくらい沈んだ。
泥水は私の膝あたりまできた。
このままでは危ない。全員帰宅となりざわざわとした心臓を押さえながら2階の駐車場に車を取りに行くと下りのスロープが落下している。上り用のスロープからゆっくり車をだしたが
出口の敷石が波打ってて車のお腹をがりりとする音がした。
その後もなんどもなんどもガタガタガタガタとゆれるたびに道路がどろみずで波打っている。
ゆっくり車を出すといつも利用しているコンビニが傾き泥に埋まってきてるのを左手に見ながら
川のような道に車を出した。一瞬死ぬかもしれないと思った。でもその前に子供たちを迎えに行かないとという思いだけで必死に運転した。
途中で止まってしまうかもしれないと思いながらハンドルを握り締めバスの通ったところをゆっくり前進する。泥の下の道は陥没しているところもある。もしそこにはまったら
エンストしたらと体に力がはいる。信号は点滅し駅前には逃げ惑う人々で溢れかえり
その光景は忘れたくても忘れられない。あっという間だった。
全てがほんの数分の出来事だった。
液状化がはじまったのは最初の地震から15分くらいしかたっていなかった。
子供たちを迎えに行ったときの安堵感は今でも忘れない。


その後あふれ出た砂は海水をたっぷり含んだ重たい泥となり固まった。
その泥が乾いてくると春1番の強い風にのって砂漠のような砂嵐となって街中に吹き荒れた。
この時点で上下水道は完全にやられマンホールはオトナの身長よりも高くつきあがり
歩道は40度くらいに傾く。
スーパーと歩道には1メートルくらいの段差ができて建物の土台がその段差から不気味に覗く。
引き剥がされた感じ。小学校は仮設トイレが並び給水車が止まる。
3日たってようやく街の様子をみるとゴーストタウンみたいだった。何処もかしこもゆがんでたり傾く街並みがいまだ復旧されてないところもたくさんある。
取り残された感じがする。

東北のみなさんのような絶望的な光景を見たら自分たちは家もまだあるし幸い大きな損賞も無い。
だからこのことは全然助けてと手を上げるほどのことではないんだ!自分たちで頑張らなきゃいけないんだ!とずっと思ってきた。

でも

義援金は東北に自衛隊も東北になにもかも規模のちがう東北へ集中
ボランティアも市民中心
頑張ってきたよねURAYASU

助けてって言ったら助けてくれたかな。

1年経ってもあの日出た泥は海沿いの公園に四角く綺麗に集められ放置されたまま


2012年3月6日火曜日

再生芽

1年前の3月のあの日から…みなさんは何を思いますか?


代弁者としてアーティストが立ち上がりました。

支援とは何かを考え続け
ミュージシャンは音を奏で
アーティストは筆を持つ

それでいいのだと思う。

切なくなるような痛みや心の内側を 感じることができると思います。

自分に何が出来るかをここにきて考えてください。
そして
再生するひとつの芽になってください。

 「3.11 恐怖、痛み、再生芽」 田中 出

表参道ヒルズ同潤館 同潤会ギャラリー
2012年3月7日(水)〜12日(月)
12:00-19:00(最終日17:00まで)

2012年2月18日土曜日

媒質

おそろしいほど大昔に生まれて、いまだに輝きつづけているものもあれば
数世紀で生命の尽きかけたものもある。
長らく省みられなかったのに、この頃になって、存在感を放ちはじめたものもあれば、
たった今生まれたばかりのものもある。

また、生まれようとして、胎動を繰り返しながらも、うまく条件が整わず、
なかなか出現できないものもある。


それがアートである。
美術の歴史を振り返るときそんな風に頭の中に言葉が踊る。
しかし歴史を語りたいんじゃないとき
単純にアートシーンを寄り道したいとき

生み出される全てのものが素子であるように 小さな小さな一握りにもみたない
要素が少しずつ集まったものが
1枚の絵になっていく。
1枚の写真になっていく。
1枚の布になっていく。

そんな過程を覗いて見たくてギャラリーに足を運ぶ

人間は見えないものを見ようとするけれど物質の形を認識しなくてもいいよと
彼女の写真は言っている様でもある。
ぼんやりした世界の中では色が主力になって形などどうであれ 色の流れを見せれくれる
そんな気がした。

それは形を求めてはいけない。

色を感じるために静かに息を潜めて潜入していただきたい。
寒さに負けずにぜひ銀座のギャラリーにお出かけいただきたい。


浜田涼展 媒質

藍画廊
2月13日(月)~25日(土)
11:30~19:00
19日(日)は休廊、最終日は18:00まで

2012年2月4日土曜日

この海の先

晴れた寒空のした

海を臨む公園はいまだ閉鎖中
だけどちょっとだけ入っちゃった
だって遊びたいものね。

そしたら約1年前のあの日にアスファルトの下から上がってきた土砂が
綺麗に四角く盛られてて海岸沿いにずうっと並んでる。
どこまでもどこまでも
この静かな光景がアートのように見えたりもする。
時間が止まったまま
空気があの日のままだった。

遠くまで続く砂の山に途方に暮れる

まただ…
言いようの無いゴウゴウとした恐怖を感じそうになったので
青い空に青い海に目を移そう


この海の先
大きな壁が迫ってきた東北の恐怖には比べられないと思うけど
どうか
逃げ出したくなる気持ちを許して


2012年1月31日火曜日

目に見えないもの

心の中にあるもの
優しさ 



不安



全てが地球の上に存在するけど目に見えないもの、匂いも味も無いのに

どうやって感じたらいいのかな?五感を研ぎ澄ませて?

そんな気持ちを形にしてみたらきっとこんな感じかしら







…まるで原発みたい

ねえ
この国には目に見えない恐怖がいっぱいだよ



2012年1月25日水曜日

静止した空を見ていたら

たくさんの想いを剥ぎ取ることにしよう。
閉じ込めた感情を切り離すため
ぺりりぺりりと音をたてて薄く痛みを感じないようにゆっくり剥がすのだ。
そうしたら
きのうまで覚えてた記憶を外側にやってしまえるのでしょうね。

現実は穏やかに時間だけが経過し私はどんどん年を取り鮮やかだったあのころの記憶さえ
忘れてしまうの。
だから頑張らなくても記憶の消滅は簡単に出来てしまうはず。
なのになぜこんなに苦しくなったりするんでしょう。

でも何度も何度も思い出していくうちに劣化したコピーみたいに
どんどんもとの形が崩れていくの
本当のことかもわからなくなって最後には美しい思い出だけが存在したかのように

記憶すら書き換えてしまうんでしょうね。

だからそれは現実ではない内側にあるものでしかない
重たくて苦しくて泣けてくるような想いはもういらないの。
ぺりりぺりりり
ゆっくりそおっと
身軽になった私はきっと皺だらけの老人になってて
ニコニコと笑っているんでしょうね。

2012年1月7日土曜日

赤い

2012年がスタートしました。
お正月の思い出と言えば新宿の祖父の家。
九段会館での宴。
新年を迎えるとき、いつも温かい笑顔で私たち孫を抱きしめてくれた祖父母たち

いろいろあるけど18か19くらいのころその新宿の祖父母の家で着物を着せてもらって当時お付き合いしてる方とデートしたのを思い出しました。
うふふ、くすぐったい思い出ね。
 
その着物は母が若いころ着ていた着物を染め直して作ってくれたものでした。
鮮やかな紫色の地に江戸小紋
今思うととてもモダンで粋な柄でした。
新年 あけましておめでとうございます。


今年は何十年かぶりに大学の友人たちと新年早々集まりました。
会場となった有楽町はイルミネーションが「赤」でした。
今も志の高い連中との会話はとても刺激になりました。
そう、あの着物を着てたころ
いつもそばにいた仲間たち

みんなが大人になって、それぞれの20年の間にたくさんの経験と勉強をしてきた顔になってた。
おいしい中華をいただきながら過去の思い出におおいに笑いこれからの自分たちの未来に乾杯してまいりました。

昨日の色は暖かい思い出の色として記憶に残したい
そんな大切な「RED」でした。


2011年12月28日水曜日

絆って

最近なんでもかんでも「絆」って言葉でまとめられちゃうことが多い気がしてすこし違和感をもってしまいます。
家族と過ごす時間を大事にしましょう的な言い方をするけどみんながみんな本当にそう思っているのかな?それが1番の幸せなのかな?

私は家族といるとき何を考えてるのかというと
風邪ひかないかなとか勉強ちゃんとやってるかなとか友達とうまくやってるかなとか…
ご飯どうしようかとか、寝る時間だとか、、
心配ばかりしてる。
正直なこといっちゃうとそれが絆だと言うなら、かなり業務的な感覚に近いなと思う。

今ちょっとうんざりしてる。

みんな好き勝手やってるのになんで私がなんでもやらなきゃいけないの?
それってちっとも楽しい時間なんかじゃなくてすごく頑張らないとできない時もあるの。
子供たちが嫌いなんじゃない。
大切だと思う。
簡単にはいかないことの方が多いし自分のことももう少し大事にする時間がほしいのね。
誰かに大事にされてるという実感も無く途方に暮れることもあるのです。

子育ての長い長い時間の中で忍耐という言葉が1番しっくりくる。

絆なんて綺麗事で語れないよ。

例えば古い友人に会いたいとき、家族に気を使って出かけられなかったり
自分の好きなことをやりたくても我慢しなきゃいけないとき
どうやってバランスを取ったらいいのかわからないときがあります。
家族が絆ならそんな風に考えちゃうのはいけないのかな。

…an happy day


2011年12月13日火曜日

無意識

もう何年も思い出したことのなかったことをふいに思い出すことってありますが
そういうときのスイッチってたぶんびっくりするくらい簡単に入るのね。
忘れているときはまったく思い出そうともしないのにね。

それは子供のころよく見ていた怖い夢
…長い髪の女の人がごつごつした洞窟の中で静かに歌っている
私はちょっと離れたところにひっそりと隠れてその姿を見ているの。
そうしてるうちに段々自分の周りの岩が迫ってきて押しつぶされそうになる恐怖に体を固めていると静かに歌っていた女性がどんどん狂気にみちてくる

そんな夢を幾度と無く見ていました。
あの夢を見るときは必ずとても疲れているときだった気がします。

子供ながらになんてひどい妄想でしょう。

あの女性はどこから出てきたんでしょうね。
もしかしたら大人になった自分のこと?
だとしたら相当病んでるな

強い無意識の中
きっと私は正気を失うのでしょうか。



ああちょっと幸せなことではなかったですが今日はなぜかこんなことばかり考えてしまいます。
きっと甘いもの食べ過ぎて気がおかしくなっちゃったんでしょうねww




2011年12月7日水曜日

幸福なお散歩

図書館で温かい珈琲を飲みながら好きな小説を読んでいましたが、
ちょうどカメラを持っていたので図書館のお隣にある郷土資料館の復元された昭和初期の浦安の町並みをぶらぶらとしてみました。

平日の昼下がりだあれもいません


こんな風景がほんのちょっと前まで存在していたのですね。
浦安は水害も少なく穏やかな干潟 あさりの養殖などのどかな漁場だったと聞きます。
今、近代的な建物が立ち並び埋め立てがすすんだおかげで今回の震災
先人たちはこんな未来を予想していただろうか。

こんなのどかな風景の中にいると自然を感じながら暮らしていたんだろうなとちょっと羨ましくかんじました。
ほどなく雨が降り出したので幸せなお散歩もここまで。車に戻り相変わらず液状化でせり上がった道路を走ると栄川沿いに出る。
そこにはかすかに残る元町の風景
川べりにはべか舟
どうかこの風景が未来に残されますようにと静かに思うのでした。

新町はクリスマスモード一色 
復興の象徴なのかしら?
イルミネーションの明かりが市民の力になってくれるのはそれはそれですがね。






2011年11月25日金曜日

たそがれ

空が暗くなり始める薄暮のころ 急いで川べりのカフェへ
屋上にあるオープンエリアに陣取り冬の空気に包まれながら珈琲とチェリーパイを注文する。

西の空が萌黄色に染まる時間を堪能してきました。
遠くにバックライトを浴びてシルエットが浮かび上がる富士山が美しかった。
日没と薄暮の時間を合わせて黄昏と言うのね。
1日のたった30分くらいの時間しか味わえないこの時間の空の色の変化と空気を体感できてよかった。
日出や日没の空の赤色や橙色の強いのは、空気分子や大気中の微粒子による日光の散乱が原因なんですって。
朝の空と比べて夕方の空には微粒子の量が多いため、日没の色は日出の色よりも鮮やかで強いらしいです。
どんな旅行より身近な風景に感動した1日でした。ドラマチックな時間 ありがとう。
まさにマジックアワーね。

カフェのオーナーさんはきりっと髪を束ねてカフェエプロンがスレンダーなスタイル。
日が沈んで寒くなったので下の店内に移動すると暖かい席を用意してくれます。
ここからはオトナの時間
ドイツビールのピルスナーをいただき先ほどの風景を忘れないように
大事な記憶をカラになった瓶の中に移しましょう。
きっとずっと忘れないよ。

もしこんなところで愛の告白なんかされちゃったらきっと永遠に恋に落ちちゃうんでしょうね。

ずっとアイシテルよ。

なんてね。

2011年11月17日木曜日

石鹸の香り



最近講師をしている友人に習ってソープカービングを始めました。
ナイフを使って石鹸を削りながらお喋りをするというのは
手作業の好きな私にとってとても楽しい一時です。
香りに癒され出来上がった作品に笑顔がこぼれお互いの出来について評するのもまた楽しい時間ですが、やはりみんなもともと美大出の人間たち夢中になるなる。
2回講習を受けたのですが家でも何個か彫ってみました。

 シンメトリーになるように石鹸のサイズや形に合うデザインにするなど小さな石鹸の世界でも
必要なのはセンスとバランス
昔見た映画でレースを編みながらお喋りするおばあちゃんたち
 とか
シャネルのお針子さんたちがアトリエでせっせと作品を仕上げながらぐだぐだとお喋りしてるシーンなんかを思い出しました。
そう、昔から女の仕事はクラフトなのだ。
そしてそうやって 手仕事をしながらの井戸端会議には実はいろいろと
大切なことがたくさんつまっているのである。